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はちどりわ〜るど

それでも自分の人生に満足してるその辺によくいる外資系会社員 20代にてガン宣告。手術・抗がん剤を経て「若年性がんサバイバー」1年生。/ 「毒親サバイバー」/「性暴力サバイバー」/準ミニマリスト/日々色々勉強中 ブログで自分の幸せ&社会の幸せを考えながら生きるヒントを綴ります

年を取るのが怖い 老いゆくあなたへ

私のおばあちゃんは、現在86歳です。  

生涯を自分の会社を支えることに生きてきました。

本当に、大切な人を大切には出来てはこなかった人達の一人です。私の母に辛くあたり、私の母は愛に飢えました。   

自分の身体にムチを打って働いてきたけれど、去年ついに殆ど歩けなくなりました。

そして、手伝おうとしてくれる家族に、当たるようになってしまいました。

私は、おばあちゃんと電話で先日話しました。おばあちゃんは、めったに人に話すことのない辛い思いを、がん治療で「既に老いを経験した」私に話してくれました。

そんな、おばあちゃんに手紙を書きました。 

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おばあちゃんへ

今きっと色々なことを考えていると思うよ。

毎日身体が痛くて痛くて大変だね。頑張っているね。

身体の痛みが、心をどんどん支配していくよね。

そして、私はおばあちゃんの話したいこと、

苦しみ、この前の電話で気持ちは分かったと思うよ。

だって、私も老いを経験したから。

だから、私のことを少しお話させてね。

私は、がん検診を受けた時、健康そのもので、

私の夫より疲れにくくて、一般の人よりずっと身体がタフだったよ。

がんの痛みなんてなかったよ。

だから、MRIやCTが、がんがあるってことを教えてくれたから、

頭では分かっていたけど身体では分かっていなかったよ。

そして、全身麻酔が必要な手術を3回。

抗がん剤を6回乗り越えた後、私の身体はボロボロになってしまったの。

だから、たった8ヶ月であっという間に老いてしまった。

20代でがん宣告を受けて、周りの皆は元気にやっているのに、

なんでだろうって思ったよ。

なんで?に答えなんてなかった。

前向いてれば、認めてくれるんだ!って頑張ってきたのにさ。

なんか不公平じゃない?

皆幸せそうで、私のお世話をしてくれた看護師さん、

お見舞いにきてくれる、家族にまで嫉妬をしてたよ。

だって、何言われても綺麗事に聞こえたよ。元気に動けるんだもん。

私はね、便意がなくてうんち漏らしたよ。三回も。

抗がん剤中の後半も、漏らしてしまうことがあったよ。

看護師さんに身体をベッドの上で、お尻を洗ってもらったよ。

ため息つきながら、パンツ洗ったよ。

身体は管まみれで、身体には30cm以上のキズがあって、

私の髪の毛は全部抜けてしまったよ。

あんなに大事なロングヘアだったのに。

枝毛一本もない自慢の髪の毛だったよ。

私の、人間の尊厳なんて、ちっとも守られていなかった。

だって、20代のいい大人なのに、

おしりを他人にふいてもらうなんて、本当にきつかったよ。

オシャレなヒールをはいて、色々な人から認められていた

私の現実は、

排泄コントロールできなくて、弱っている人間だってこと。

 

人間の尊厳と、現実の乖離に絶望をして

何度も何度も涙をして

死にたいって思ったよ。 

 

でもね、”尊厳”という願いは、

人間の”脳・文化が作り出した”思い込み”であり幻想なの。

”この思い込みとの乖離”を直視した後は、

点滴棒にしがみつかなければ歩けなくても、

体につながれた何本もの管をつけていたとしても

気持ちだけは起き上がったよ。

 

それは、私が、どんなに不格好でも

”人間の尊厳”という思い込みとの乖離に、絶望をすることを辞めて

胸を張ろうと前進した瞬間だったよ。

 

私は、ウンチ漏らしたかもしれないけど、

私の魂は一滴も漏れてないよ、(笑)

胸を張って生きるってそういうことだと思ったよ。

 

私ね、老いるのがとても怖いよ。

◯◯を手術で取ったから、◯◯は将来的にどうなるんだろ とか

リンパを取ったから、血液の流れが将来的にどうなるんだろ とか

手術をしたから、食べ物の食べるスピードとか食べる量を調節しなきゃ とか

子どもができないから、私が老いた時に誰が側にいてくれるんだろ。って。

私が、今のハチドリ母と同じ年、60になった時、

私の身体はどうなっているんだろうって。

 

おばあちゃんは、私が60になっている時、

悲しいことだけどこの世にいないかもしれないね。

家族の誰が私を支えてくれるんだろって、怖くて怖くてしょうがないよ。

 

あまりの痛みに、殺してくれ!って叫んで、

死ぬ前に、全部自分の物とか片付けて迷惑かけないで死ぬんだって、夫に話したよ。

夫は、そんなこと言うなって泣いたんだ。

 

そしてね、こんなに過酷ながん治療だったのに、

私は世界水準の技術を持つ医師からも

100%の保証なんて受けてないんだよ。

どうしようもない恐怖があるんだ。

 

勝ち負けで考えていると、苦しいね。

私は沢山負けたから。

でもね、人間いつか最期は、負けるよ。

いつか、老い・死というものに負けてしまうね。

 

私は、死が怖いよ。とても怖い。

皆から忘れ去られるのが怖い。

 

私一人いなくなっても、世界は何事もなく回り続けるんだもの。

おばあちゃんも、死が怖いよね?

 

はっきり言うね。

 

おばあちゃんには、「他人様に迷惑かけてる!価値がない」

だなんて、思ってほしくないよ。

 

私もいつか、完全に老いてしまって、身体が動かなくなるよ、また。

きっとがん治療で味わったこの孤独と辛さを味わうんだ。

 

でも、そんな時が来た時に、

今のおばあちゃんみたいに、

自分は、他人様に迷惑かけてる!価値がないって思いたくはないよ。

 

おばあちゃんが、今そう思っているっていうことは、

かわいい孫が(私のことね 笑)動けなくなった時、

おばあちゃんは、天国で

「ハチドリよ、おまえは他人様に迷惑をかけてるから、早く天に召されなさい」

だなんて、思わないでしょう?

私に生きてほしい。

頑張って欲しいって思うでしょう?

 

だって、私のことを愛してくれているから。

 

ハチドリ母はね、おばあちゃんのことを

誰よりも愛している、

可愛い可愛いおばあちゃんの娘だと思うよ。

 

だから、苦しんでいるばあちゃんを見て、

どうしていいか分からなくて、ハチドリ母は、心を痛めているよ。

 

そして、私も心を痛めているよ。

皆、おばあちゃんには、無理をこれ以上してほしくないって思っているよ。

 

私ね、思うことがあって。

もし、子どもをね、授かっていた後、がんが見つかっていたら

私はそれでも子どもを諦めたと思うよ。

 

そんなことを言う私は、自分自身のこと恥だと思っていないし

産もうと決心するのと同じくらい、勇気あるって思うよ。

まだ生まれてもいない子どもより、

私のことが大事だって、ハチドリ夫が言ってくれたの。

 

自分を犠牲にしてまで、他人のために生きるってことは

美徳とされているけど、

執着を捨てて、自分のために生きるってことも

勇気だと思っている。

ほとんどのことは、自分の思い込みだからね。

私は、スポーツ大好きだったけど、キッパリ引退したよ。

だって、無理して、寿命縮めたら元も子もないじゃない?

 

子どもを持つことも諦めたよ。悲しいけどね。

でも、子どもに執着していたら、今私は不幸せだったろうね。

 

執着を捨てることは、諦めることじゃない。

勇気の選択だと思っている。

 

私の長い髪の毛は抜ける前に、

思い切り切って、小児がんと闘う子どものためのウィッグ団体に寄付したよ。

 

私の髪の毛は今、

抗がん剤をうけている子どものために働いているって

思うと勇気でるなぁ。

 

無駄と思うことも、無駄じゃなかったりするね。

 

今テクノロジーはすごくすごく進化しているよ。

お客さんのところ、挨拶しに行ったり会議に出たりは、出かけなくても

問題なくビデオ電話でやれるよ!

ビデオ電話だと失礼だからいや?

でも、ゼロより、1じゃない?

 

そして、今おばあちゃんがやっている仕事、

環境さえ整えたら家でも出来るよ。

寝たきりの障がいを抱えている人が、

パソコンを使ってお金を稼いでいる時代だよ。

その人とても頭いいんだ!

 

だから、大丈夫。家でも、例え一歩も動けなくなる時がきても、

仕事はやろうと思ったらいくらでも出来る時代。

 

ハチドリ弟が、テクノロジーにとても詳しいよ。

頼めば、おばあちゃんが満足いく環境喜んで絶対作ってくれる。

 

でも、無理して杖で歩いたりしていたら、

全く動けなくなってしまう日が無駄に近づいてしまうかもしれない。

だから、車椅子に頼ろうよ。

その日を1日でも伸ばそうよ。

私は車椅子好きだよ。だって、ラクじゃん!

病院でも歩けるのに頻繁に乗せてもらったよ。

 

おばあちゃんにとって一番大切なことって、お客さん?仕事?

仕事は絶対抜かせれないかもしれないけど、

 

おばあちゃんのことを忘れないでいてくれる人達のことが一番大切なのではと思うよ。

ハチドリ母は、その一人。

私もそう。

私は、「自分の価値がなくなっていく」って落ち込んでたり、

「片付けて!」って怒っているおばあちゃんをを思い出すより、

 

最期の一息まで、幸せに、

「ああ生きた。人生楽しかった」って

笑って、にこにこ笑うばあちゃんだったなあ・・って、覚えていたいよ。

 

そうすることで、これから老いていくハチドリ母、

そして、一気に老いてはしまったけど、

また盛り返して、でもいつかはまた老いてしまう私に、

老いることへの勇気を与えていくと思うよ。

あと、少なくとも30年以上はいけるでしょ?笑

 

頼むよ!可愛い孫が60になるまで、生きてね。

一緒に老いて一緒に笑おうね。

 

でも、身体が痛いと、心が蝕まれていくよね。

今は痛み専門外来といった痛みの専門家や、

入浴や身のまわりを手伝ってくれるヘルパーさんもいて、

そういう人達プロだよ。

誇りと使命感を持ってやっているんだ。

そして、そういった人達に甘えるのはちっとも恥ずかしいことじゃないよ。

私もおしりふいてもらった時に、謝ったら、

「患者さんを少しでも気持ちよく過ごしてもらうように動くのが私の仕事ですから。」って。

誇りをもってやってくれてたよ。

おばあちゃん85にもなってもまだ働いているし、

今まで人に尽くして尽くしての人生だったじゃない?

 

もう十分人に迷惑をかけず生きてきたから、

少しはそういう、”誇りを持って働いている他人”に迷惑をかける権利を履行してね。

そうじゃないと、

本当周りの人もどうやって老いたらいいのか、分からなくてプレッシャーだよ。

 

1回きりの人生だから、この後は笑って生きようよ。

笑っている姿を沢山の人に覚えてもらいたいよね。

そして、身体は痛くてもせめて、

おばあちゃんの心の痛みは取り除いてあげようよ。

 

迷惑だって思っていることのほとんどは、思い込みで

おばあちゃんの心を救えるのは、私でも、はちどり母でもない。

おばあちゃん自身だよ。

 

だから、勇気を持って、幸せになる選択をしてほしい。

 

偉そうなことをいったけど、私も今日も寝れなくてね。

疲れてもねれない時があるんだ。怖くてね。

だから、私もまだまだなの。

一緒に前向いて、一緒に老いて行こうね。

 

ハチドリちゃんより

 

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