はちどりわ〜るど

それでも自分の人生に満足してるその辺によくいる外資系会社員 20代にてガン宣告。手術・抗がん剤を経て「若年性がんサバイバー」1年生。/ 「毒親サバイバー」/「性暴力サバイバー」/準ミニマリスト/日々色々勉強中 ブログで自分の幸せ&社会の幸せを考えながら生きるヒントを綴ります

迷惑な患者であってもいいじゃない

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タイトルからいきなり、開き直っているハチドリちゃんです。

迷惑な患者でいたことを振り返る

人間にとって痛みだけに限らず、「我慢すること」は浪漫なのです。
3回の手術と抗がん剤4回を経て、文字通り「痛いほど身にしみた」のが、ハチドリは痛みにめっぽう弱いということです。特に3回目の大きい手術の後は、あまりの痛さに躊躇なく「痛い」と叫び続け、うるさいので看護師さんから怒られました。はい、所謂「患者力」のない迷惑な人間です。
それこそ居酒屋にて「他のお客様もいらっしゃいますので・・・」と注意を受けて、逆ギレする酔っぱらいのように、「そんなことソッチが考えることでしょ?!こっちはいてーの!ソッチでなんとかして」と逆ギレしたのを覚えています。いや、もう初めから痛みでキレてるので、逆ギレというより、逆逆ギレ。
 
3回目の手術後のICU3日間は、そのような患者だったので、「やだわぁ。モンスター患者だわ〜。」と看護師内にて共有されたに違いないです。
 
また、喉の奥まで呼吸器のチューブが入っているので、話せません。そのため、ペンとノートを使って、周りの小鳥達とオシャベリするのですが気に食わないことが起きた、または痛かった?時に、その持っていたペンで、覚えている限りでは2回、旦那さんと先生の腕に刺しました。まさかの暴力化です。(周りの小鳥達が話すには2回以上)
「切羽詰まった時に、人間の本質がでる。」と言われてしまうと、他人の迷惑を顧みず、暴力化してしまうの・・?とハチドリもハチドリのことがっかりです。
 
日常のハチドリは一応、常識的な会社員をやっていると自他共に認めていますし、一般的なマナーも心得ているはず・・・です。しかし、改めてこう書いてみると、ハチドリは切羽詰まっていると、「他人への迷惑を考えないという、日本人が一番嫌う人種であることは間違いない」と自省します。
ICUでのおもひでは、苦しみしか覚えておらず、なぜ暴力化したのかは今のハチドリにも説明ができません。おもひでぽろぽろならず、ボロボロです。数回痛みで気絶しましたので、痛かったんだから仕方ないでしょうと、免罪符を使用したいです。
 
この記事を読んでいる方の中には、そんな免罪符きかないよ、カッコ悪・・とひかれる方もいるでしょう。それもそのはず。痛みを我慢できる、または痛みがあっても一切不平を言わない患者さんもワンサカいるからなのです。そういった患者さんは模範生のように崇められます。辛いことや痛みがあっても、文句の一つも言わず我慢できる、なんて強い精神力なんだと人々はその健気さに、涙を流すのです。我慢は美徳なのです。それが、強い本来の日本人なのです。はい、ドラマ化決定。
 
そして、かく言う私も病棟にて見かけたICU帰りのおばあちゃんが、ストレッチャー上でにこにこしながら「ただいま」と優しい顔で、帰ってきたのをみて、え〜ちょっと待って。
あなたは、ハチドリと同じICUから帰ってきたのよね・・・なぜそんなに、余裕ぶっこいてられるの?と、おばあちゃんに羨望の眼差しを送ったハチドリ。※後日談ですが、お年を召されるとどんどん「痛みに鈍感」になる傾向があるらしいです。そのため、病院に来たときが一番ひどい時だったというのは、よくある話だそうです。
 

我慢をするという浪漫なんていらない

ハチドリも強い人になりたいです。ハチドリは、なんて恥ずかしい人間だったのだろう。これから、痛みを乗り越えて強くなるのです。耐えるのです。誇り高き人間になるのです。う〜んこれぞ美徳・これぞ浪漫ですね。
 
・・・なんてあんまり思っていません。痛い時には痛いと叫び、周りの目を気にせず醜態をさらしたっていいじゃない。辛い時に愚痴ったっていいじゃないですか。
時には迷惑な患者であってもいいじゃない。時にはひねくれたっていいじゃない。
スポットライトが当たるのは、痛みに耐えて辛い治療に耐え、日々を前向きに生きる、ドラマにでてくるような「模範生」なのですが、全ての人間がそう当てはまるわけではありません。いいじゃん。
ハチドリ、もっと気楽にいきたいもん。